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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)708号 判決

主文

一  原判決主文第二項を次のとおり変更する。

1  第一審被告は第一審原告に対し、金四五〇万円及びこれに対する昭和五八年二月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告の第一審被告に対するその余の請求を棄却する。

二  第一審原告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審を通じこれを一〇分し、その九を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審被告

1  昭和六三年(ネ)第五九七号事件

(一) 原判決第一審被告敗訴の部分を取り消す。

(二) 第一審原告の第一審被告に対する請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、第一審原告の負担とする。

2  昭和六三年(ネ)第七〇八号事件

主文第二項と同旨。

二  第一審原告

1  昭和六三年(ネ)第五九七号事件

第一審被告の控訴を棄却する。

2  昭和六三年(ネ)第七〇八号事件

(一) 原判決中第一審原告と第一審被告に関する部分を次のとおり変更する。

(二) 第一審被告は第一審原告に対し、金四六〇〇万円及びこれに対する昭和五八年二月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、第一審被告の負担とする。

(四) 第(二)項につき仮執行の宣言。

第二  当事者の主張

次の一のとおり原判決事実摘示を訂正し、二のとおり各当事者の当審における主張を付加するほかは、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

一  原判決事実摘示の訂正

原判決一〇枚目表四行目の「伊丹市役所南分室」を「伊丹市役所市民課南分室」と改める。

二  当審における主張

1  第一審被告

(一) 原判決は、第一審被告及び第一審相被告越野三四子(不控訴)に対し、それぞれ独立の債務を負担するものとして金員の支払を命じたほか、それより先分離前相被告岩崎明に対しても同様、独立の債務を負担するものとして金員の支払を命じ、その結果、第一審原告は、右第一審被告は三名に対し合計一億〇一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年二月二二日から完済まで年五分の割合による金員支払を認容されたことになった。これは第一審原告の申立ての範囲(右第一審被告ら三名に対し、連帯して金四六〇〇万円及びこれに対する昭和五八年二月二二日から完済まで年五分の割合による金員支払いの請求)を超えるものであり、民訴法一八六条に違反した違法がある。

(二) 原判決は、第一審原告と第一審被告との過失割合を八割対二割と認定し、その限度で第一審被告の損害賠償責任を肯認しているが、誤りである。

(1) 第一審原告が被った本件損害は、岩崎が主となり、越野と共同して、第一審被告から交付を受けた印鑑登録証明書三通のほか、尼崎市及び大阪市淀川区から交付を受けた印鑑登録証明書各一通を併せ用い、第一審原告に対する複雑巧妙な知能犯的犯行によって金員を詐取したものである。

(2) したがって、第一審被告が交付した印鑑登録証明書三通のみでは、本件損害は発生するに由ないものであった点及び通常予想し難い知能犯的行為が介在している点において、第一審被告の印鑑登録証明書交付と本件損害との間には、因果関係の中断があったものと言うべきである。したがって、第一審被告については過失責任がなく、その過失割合を論ずる限りではない。

(3) ちなみに、本訴において関係者の過失割合を論ずるとすれば、加害者たる岩崎・越野両名と被害者たる第一審原告とのものに限られるべきである。しかして、第一審原告側には、消費貸借名下に金員を詐取されるに際し、岩崎の虚言を軽信して亀島和夫本人との同一性確認を誤った点及び岩崎が金員詐取の数日後に逃亡しようとしていたところいったん取り押さえながら、軽卒にも同人を放免し、約二年後に同人が逮捕された時には、ほとんど回収不可能となっていたという愚を犯した点において、過失は重大であり、その過失割合は四割を下るものではなく、その余の過失割合六割を岩崎・越野に帰せしめるべきである。なお、本件損害の発生は、岩崎の金員詐取行為が主因をなし、決定的な意味合いを有するのに比すれば、第一審被告の加功の度合いは微弱で、ほとんど問題とするに当たらない程度のものにすぎない。

2  第一審原告

(一) 原判決は、第一審原告につき過失相殺をしているが、その点の主張は第一審被告によってなされていないから、弁論主義に違反し違法である。

(二) 当審における第一審被告の主張に対する認否

いずれも争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  原判決理由説示中第一審原告と第一審被告に関する部分は、次のとおり付加、訂正するほか、当裁判所の判断と同じであるから、これを引用する。

1  原判決一一枚目表九行目の「第五号証の一及び二、」を削り、同裏四行目の「各証言」の次に「及び右西野英彦の証言の趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五号証の一及び二」を加える。

2  同一七枚目裏一二行目の「所有権移転請求権保全」を「所有権移転請求権」と改める。

3  同二七枚目裏五、六行目の「煩にたえないことであって、実際上無理であるかもしれない。しかし、」を「かなり手数のかかることではある。しかし、本人であるかどうか確かめるために、本人であれば当然知っていると思われるような事柄を尋ねたり資料の提示を求めたりすることは、巷間、遺失物を受け取りに来た者に対して品物を渡す際などによく行われていることであって、特段に難しい仕事であると思われないばかりでなく、」と改める。

4  同二九枚目裏一二行目の次に、行を改めて次の説示を付加する。

「思うに、第一審被告主張のとおり、最近における印鑑証明書の使用目的の拡大及び発行数の増加のため、第一審被告伊丹市その他の地方自治体における印鑑登録事務及び印鑑証明書発行事務が多忙となり、地方自治体に相当大きな負担をかけていることは、これを窺うに難くない。しかし、反面において、印鑑証明書制度は国民生活に深く定着し不動産をはじめとする重要な財産の保全や処分に至大の関係を有する制度であり、国民が地方自治体の印鑑証明書発行事務の正確性に高度の信頼をおいて財産取引を行っているのも事実であって、地方自治体の事務の繁忙のゆえにたやすくその事務取扱いが簡略化・形骸化され担当職員の注意義務が軽減されてよいものではない。また、伊丹市印鑑条例及び同規則が自治省の行政指導に基づき制定されたものであり、全国の自治体にほぼ共通の内容となっていることもすでに見たとおりであるが、これら条例・規則は印鑑の登録及び証明に関する事務を正確かつ迅速に処理し市民の利便を増進し財産取引の安全に寄与することを本旨とするものであるから、当該規定に形式的に準拠したからといって必ず国家賠償法上の過失がないことになるものではないと解される。本件事案の場合は、亀島和夫ら(被冒用者)の従前の印鑑の廃止届、新印鑑(偽造印鑑)の登録、新印鑑の印鑑証明書の交付申請の三者が一時に申し出られたのであって、通常一般的に生ずる事例ではなかったのであるから、とくに慎重に本人の意思が確かめられるべきは当然であり、同市内に印鑑登録をしている越野(共謀者)により申出人が本人である旨の保証がなされた(いわゆる保証人方式)とはいえ、保証人方式は照会書郵送方式や写真付公的証明書方式に比し本人(の意思)確認の手段としてかなり劣っているのであるから、担当職員は、条例一六条により、申出者に質問権を行使したり適宜の資料(名刺のごときものでも同じものを二枚以上所持しておればかなりの資料となる。)を呈示させたりして、その者が本人であるかどうか更に確認することこそ右条例・規則の趣旨に適合するゆえんであるといわねばならない。もっとも、このような措置をとるとなると、市役所の側として若干余分の手数を要することにはなるが、印鑑及び登録証の紛失という特別な場合なのであるから、やむを得ないというべきであり、市民の側としても自らに相当な落度のある場合であるから、印鑑証明書の発行が多少遅滞することになっても不満を言う筋合いはないであろう。なお、本件の場合、原判決一一枚目表三行目以下挙示の証拠によれば、他の地方自治体である尼崎市役所職員も岩崎や越野に欺かれて伊丹市におけると同様な事務処理をなし(ただし、この場合は住民異動届がなされたので印鑑の廃止届の提出はない。)、亀島正和の相続人の一人佐々木和子の関係で二月三日に内容虚偽の印鑑証明書を発行しているのであるけれども、それだからといって第一審被告伊丹市職員に過失があったことにならず、むしろ、亀島正和の相続人四名分について内容虚偽の印鑑証明書が一両日のうちに発行の場所を異にしつつ(伊丹市の場合本庁のほかに分室二箇所)発行されたという事実は、保証人方式に形式的に準拠する取扱いが危険であることを示すもののように窺えるのである(虚偽申請人岩崎も「こんなにすっきり(内容虚偽の)印鑑証明書がもらえるとは自分でも思っていなかった。」旨供述しているところである。)」。

5  同二九枚目裏五行目及び同三〇枚表八行目の各「8」をいずれも「7」と改める。

6  同三〇枚目裏五行目の「右事情からすれば」を「右事情及び現時印鑑証明書の使用範囲が著しく増大し、代理人を通じての印鑑証明書の交付申請もよく行われ、印鑑証明書を所持する者が常に必らずその本人とは限らない状況にあることに鑑みれば、」と改める。

7  同三一枚目表九行目の「窺われるし、」の次に「また、〈証拠〉によれば、昭和五八年三月一日、岩崎が遠方に逃亡しようとしていたところを訴外尾田らが取り押さえ、被害をかなりの程度回復する機会があったのに、警察に引き渡すとか通報するとかの適切な措置をとらなかったため逃亡され、折角の機会」を加え、同末行目の「八割」を「九割」と、同裏三行目及び六行目の各「金九〇〇万円」をいずれも「金四五〇万円」と各改める。

二  当審における主張に対する判断

1  1(一)について

第一審原告が、原審において、第一審被告・越野・岩崎の三名を被告として提起した訴えは、右三名が、同一内容の給付につき各自独立して全部の給付をなすべき債務を負担する、いわゆる不真正連帯債務関係にあるところの通常共同訴訟に属し、本来、右被告三名各自に対する請求を併合したもので、判決の主文も被告ごとに独立したものであるから、共同被告相互間の不真正連帯債務関係は、必らず主文に表示しなければならないものではなく、理由に照らして判明すれば足りるものである。そして、原判決の理由に照らすと、別途に分離判決された岩崎を含む右三名が、不真正連帯債務関係にあることが容易に判明するから、第一審原告が指摘するような合計金額(一億〇一〇〇万円)が認容されたことになるものではない。第一審被告の主張は原判決の趣旨を正解しないものであり、失当である。

2  1(二)について

第一審被告は、第一審被告が交付した印鑑登録証明書三通のみでは、本件損害を発生せしめるに足りず、尼崎市及び大阪市淀川区の交付した印鑑登録証明書各一通の併用を要することを理由に、因果関係の中断を主張するが、本件における因果関係は、正に右併用の状態での行使がなされればこれを肯認するに足りるのであり、また、第一審被告は、通常予想し難い岩崎の知能犯的犯行が介在していることを理由に、因果関係の中断を主張するが、右岩崎の犯行は複雑巧妙な知能的犯行とは言いえても、いまだ通常予想し難いようなものではなく、第一審被告の印鑑登録証明書交付と本件損害発生との間に因果関係の連鎖が存在しないとまでは言いえないから、いずれも失当である。

3  2(一)について

第一審原告は、原判決が第一審原告について行った過失相殺は、第一審被告の主張がなかったから弁論主義に反する旨主張するが、被害者にも過失が存する限り、裁判所は、職権でこれを斟酌して妥当な賠償額を決定しうるのであって、不法行為における過失相殺には、弁論主義の適用はないものと解されるから、右主張は失当である。なお、当番において第一審被告より過失相殺の主張がなされたことは、本判決事実摘示記載のとおりであって、いずれにしても右主張は理由がない。

三  よって、原判決は一部失当であるから、これを右のとおり変更することとし、第一審原告の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 仲江利政 裁判官 上野利隆)

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